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Shamshir【spin off】 [アトラ系プラリア]

名前の由来のお話です。
タイトルに迷ってそのまま「Shamshir」にしました。
シールが思いの外いろんなことを考えだして、
名前以外のことに収集をつけるのが大変だったよ!
おかげでアレコレとっちらかった印象なんですが
主従の背景がある程度伝わるならもういいや!

そういえば設定にあるけどプラリアにはまだ
書いてない要素がでてくるんだった…。
ルマ家には正妻のところに娘が二人(長姉・次姉)
二番目の妻のところに娘が一人(すぐ上の姉)
三番目の妻がシャムシールを産んでいます。
あと、主従が一緒にすごしている期間は、
シールが産まれてからの一年間ほどと、
タウ13歳シール12歳から洪水までの10年間です。
現代日本の幼稚園~小学生あたりの年頃は、
お互いに名前は知ってるけど面識がありません。
少年期の再会エピソードもいれたかったんだけど
そこはさすがに別で説明することにしました。
書ける気があまりしないんだけど…うーん。

あ、シールは思ったよりちゃんと恋してるようです。
このお話だと『なんとなくお気に入り』から
『独占欲が芽生えてきた』頃なんだと思います。
リッシュちゃん超逃げて!と何回か思ったよ(笑)

*****【Shamshir】*****

 日も暮れて星が瞬きはじめた頃、風にあたりたくなったシャムシールが甲板に赴くと先客がいた。リッシュだとすぐに気付く。
 何かを測っては書き付ける横顔は真剣そのもので、邪魔すべきではないのだろうと頭の隅で考えた。そもそも誰かと話したい気分でもなく立ち去ればいいだけのことだ。しかし何故かシャムシールの足はその場に留まってしまった。
 リッシュの姿を注視していた視界が不意に揺らぐ。傍らの壁に腕をつきなんとか持ちこたえたが、その音にリッシュの肩がびくっと震えた。

「びっ…くりした…! 急に後ろに立たないでよ」
「すまん、足をとられた」
「うそ、謝られた…。怖いんだけど。…熱でもあるの?」

 随分な言われようだと思いながら、シャムシールは黙ったまま腕をついていた壁に背中を預けた。
 潮のうねりのせいにしたが、本当はリッシュの言う通り熱のせいだった。
 昔からたまにやってくる発熱――医者には原因は特定できないとだけ言われる。心因性のものだろうと括られて、苛立ちだけが募る持病だった。気休めに出される薬もたいして効かず、やり過ごすことしかできない。
 朝から嫌な気配があったのだが、日が落ちてから本格的に調子が下降している。

「そういえばさ、あんた、なんでそんな名前なの? 」

 六分儀を大切そうにしまいながら、リッシュは急に話題を転じた。今のところ発熱には気づかれていないようだ。

「唐突だな」
「さっき船長達が、偽名かもしれないって話してたの思い出して」
「…残念ながら本名だ。曲刀使いの英雄譚に因んだことになっている。表向きは」
「表向き? 裏向きもあるの?」

 脊椎反射な問いかけが返ってくる。
 相変わらず語彙力の足りない女だ…そう思いながらも素直に語っていた。シャムシール自身も不思議に思うほどに。

「本当の父親が、曲刀を使った剣舞を得意にしていたそうだ。二つ名になるくらいに」
「んん? えーと……養子なの?」
「違う。母が父を言いくるめて、別の男との子供を実子と偽った上、英雄譚を聞かせて縁ある名をつけることに成功した。だから俺はシャムシールという妙な名になった。そういう話だ」

 表の事情しか知らずにいた幼い頃は、この名前が誇らしくさえあった。かの英雄のようになりたいと話し、父を喜ばせたこともあった。
 違和感に気付いたのはいつだっただろう。値踏みするような周囲の視線も、耳に届く噂話も、慣れはしても苦渋は残った。
 思えばこの苛立ちの募る発熱とも、その頃からのつきあいだ。

「えっと、待って待って、本当の親とか、そんなのわかんないんじゃ…」
「父には全然似ていないが、父親らしき男には生き写しらしい。母がたまに女の目で見てきた」

 面食らった様子を横目に眺めながら、シャムシールの口許が緩く歪む。

「病んでるだろう? でも、そんなしがらみも今や全部水の中だ。だから俺はもう変な名前の男でしかない」

 苦渋のもとは全部水の底に消えて、拘って繋ぎ止めた唯一無二の腹心は傍らになくて、この船にはシャムシールの生き様を知る者はいない。

(本当に偽名を騙って、別人として生きることもできたのか…)

 とはいえ、自由を手にいれたらやりたいことは別段思い付きもしなくて、自分は思った通り空虚な存在なのだと笑いたくなった。
 ついこの間まで考えることは山のようにあり、面倒事もごまんとあったのだ。それでも、敷かれたレールを非の打ち所なく御してやるつもりで生きてきた。要は血筋云々言えないよう、最も相応しいと判らせてやればいい。その為に出来ることはなんでもしてきた。
 あの家になんの縁もないくせに。赤の他人のくせに。それ以外に自我を見失わない道がわからなくて…。

 また、視界が揺らいだ。壁に背中を預けたままその場に座り込む。

「うわ…顔色良くないじゃん! 暗くて気付かなかった! また寝不足!?」

 ランタンを翳されて、眩しさに目を伏せた。矢継ぎ早に言葉が降り注がれて、耳も頭も煩いと拒否反応を示す。

「少し黙れ…」
「なによぅ、心配してあげてるのに」

 むくれる様子に笑いたくなる。
 他の女達ならばこんなとき、我先に世話を焼きたがって煩わしいくらいだろうに。

(売り込むには千載一遇のチャンスだろうが…)

 この娘にはそれが通じないことはわかっている。それが好ましいことにも気付き始めていた。
 己の性格の悪さは自覚している。辛辣な言葉も態度も得意だ。味方の少ない環境で得意にならざるを得なかった。侮られないために。
 それでも女に不自由したことがない。大陸でもこの船でも、群がってくる女達が欲しているのはステータスなのだろう。家柄や見目のよさ、隣に立たせて自身を上げるためのアクセサリーのようなものだ。中身に目を瞑ってでも手にいれて損のないものらしい。
 けれどリッシュはそんなことには興味がなさそうで、たぶん、変な名前の不遜な男だと思われている。それは心地よく、妙に苛立たしい。

「こういう時は、黙って膝を貸せばいいんだ」
「膝!?」

 手首を引いて隣に座らせた。
 膝に頭を預ける。引いたまま捕らえていた手を額に押し当てると、海風にあたっていたせいか少し冷たくて、心地よさを感じて、悪くない…と、思った。

「本当に熱があるの? 医務室行ったほうが…」
「いい、診せても意味がない。大人しくしてればそのうち治まる。…昔からあるんだ、たまに」

 ふぅんとだけ言って、リッシュはそのまま押し黙る。
 無言でいると、波と風の音がやけに大きく響いた。

「急に大人しいな」
「さっき、黙れって言ったから…」

 もごもごといつもより小さな声で返される。どうやら気遣われているらしい。

「お前が大人しいと調子が狂う。なにか話せ」
「えー? うーんと……家族のこと、好きじゃないの?」
「考えたこともなかったが、嫌いだったんだろうな」

 母以外に血の繋がりはなく、家族と呼んでいいのかさえよくわからないが。
 父の思惑は最期までよく解らなかった。息子として育てて情でもわいたのか、はたまた能力を買われていたのか。気付いていながら黙認し、家督を継がせると譲らなかった。
 長姉には間抜けそうな息子が二人いて、どちらかを養子にとることも可能だったはずだ。能力が買われていたのなら奴等が成人するまで後見に立つくらいしてやってもよかった。
 実子ではないことを逆手にとって、公表した上で血縁を娶ることも考えた。彼女を政略婚の駒にするよりよほど有益にも思えて――。

「すぐ上の姉のことは、わりに好きだったが…」

 しかし本格的に動こうかと考えていた矢先、気付いてしまった。その心に宿るのが誰なのかを。
 姉の瞳はいつもシャムシールではなく、傍らに立つ腹心に向いていた。彼のほうも畏敬の念に押し殺してはいるが、憎からず姉を想っているように感じていた。
 ならば、姉を降嫁させて二人の子を後継に据えればいいのか…。
 それを言い出せないまま、嫁いでいくのを見送るしかなかった。あの時の自分にはそこまでの力はなかった――そう思い込むことにして。
 甘んじずに動けるだけ動けば無駄に命を散らすこともなかったかもしれないのに。

 姉の死を知ったとき、嗜める時でさえ困った色しか称えなかった穏やかな瞳が、激憤に満ちていたのが忘れられない。そんな顔もできるのかと驚いた。そして、怖くなった。

『お前の主は誰だ?』

 焦りが募った。繋ぎ止めなければ、命も厭わないように見えて。虚構で固めた自分を曝け出すことのできる唯一無二の存在を、亡くしたくなかった。
 だから、この世に縛りつけるための呪いを吐いた。彼のためではなく、自分のために。
 今もきっと、約束を守ろうとしているはずだ。頑なに、律儀に。愚にもつかない呪詛に縛られたままで。

「従者さんは?」

 心を見透かされたようでギクリとした。

「従者さんのことは好きなんでしょ? 家族みたいな感じじゃないの?」

 そう問われても、そもそもシャムシールとリッシュとでは家族に抱く感覚事態が異なるようにも思える。
 彼は乳母の子であり乳兄弟にあたるらしいのだが、乳飲み子の頃の記憶はなく、供に過ごした多感な時期の記憶の方が鮮明だった。家を離れ、しがらみからも少し遠ざかって、馬鹿なことも散々した。あの頃はただ、気の置けない友として過ごせていた。

「…タウは、タウだ。言葉では括りようがない」

 いつの間にか傍らに在るのが当然の存在になっていて、その当たり前が崩れるのが怖くて――。
 悋気は、あったと思う。男女の仲に対してではなく、自分を介してしか繋がらなかったはずの二人が、自分を差し置いて求め合うことに、ほの暗いわだかまりを覚えていた。

「ほかの誰にもあいつの代わりはできない。それだけは確かなんだが…」
「やっぱりできてるの?」
「何故そうなる」
「代わりがいないくらい好きなんでしょ?」
「気味の悪いことを言うな、男色の趣味はない」

 本当の意味で気を許せたのは彼しか居なかった。それでも男を愛でたいとも抱きたいとも思えない。
 もし、彼のように気を許せる女が現れ、愛することができたら、なにかが変わるのだろうか…。
 目線をあげるとリッシュの顔がランタンに照らされていた。勝ち気な印象に隠されがちだが、整った顔つきをしていると思う。成人前特有の華奢さが残ってはいるものの、頭を預けた腿からは十分な柔らかさが感じられた。

「お前、幾つだ?」
「14だけど」

 想定していたよりも子供だった。さすがに不味いと脳裏で警鐘が鳴る。
 言動に幼さを感じることはあったが、歳を聞けば納得できた。
 まだ、無垢なのだ。まだ、擦れていない。

「そうか。じゃあやめておく」
「なにを?」
「そのうちわかる。たまに膝を貸せ」
「えー…。まぁ、暇なときだったらね」

 会話が途切れると、また波と風の音が響くようで、ここは船の上なのだと改めて思い出した。
 水が引いたとしても領地も家柄ももはや意味のないものになっているだろう。わざわざ戻ってあの家を再建させようとは思えなかった。
 期せずして自分は解放されたのだ。ならば彼のことも解き放つべきだ。うまく切りだせるかわからない。また、繋ぎ止めたくなるのかもしれない。いずれにしろ、探し出さなければ始まらない――今、考えるべきことはそこなのだろう。

「話してたほうがいいんだっけ? うーんと…あんたはいくつ?」
「22」
「じゃあ、ピスカさんと一緒だね」

 知らない名を口にして、それからずっとリッシュは港での日々を語りはじめた。とるに足らない話だと思いながら、遮ることなく耳を傾ける。それはシャムシールの知る風景とも所縁ともまるで違うのに、不思議と懐古的な心持ちになった。
 自分もこんな目をしていただろうか――彼と共に。
 14といえば、ちょうど寄宿学校で過ごしていた時期だ。
 子供ではなく、かといって大人にはまだ遠く、彷徨としながらも、根拠のない勝算に満ちた日々。
 少なくもあの頃のほうが生きることに疑問がなかった。

「リッシュ…」
「あー、ごめん。うるさかった?」
「違う。そのままでいろ」

 そのまま、無垢なまま、何者にも染まらず、誰にも手折られず、真っすぐに育てばいい。

「えー…そろそろ足が痛いんだけど…。部屋でちゃんと寝たら?」

 言葉を額面どおりにしか受け取らないところはやはり子供だ。けれどそれも好ましい。この娘との会話には腹の探り合いなど無縁なのだと安堵できる。それも今だけのことなのかもしれないが、検めてみる価値はあるように思えた。

「待ってやる」
「なにを?」
「そのうちわかる」
「またそれ? わけわかんない…。どうせまた馬鹿だと思ってるんでしょ。それくらいは分かってるんだからね」

 不服そうな様子のリッシュが、傍らに置いてあったランタンを手に取り顔に向けて翳してくる。

「ねぇ、本当に足が痺れてきたんだけど! 待たなくていいんだけど! むしろ私が待ってあげてる感じじゃないの、これって!?」
「眩しい、止めろ。それと喚くな。眠れないだろう…」
「いやいやいや、ここで寝るなー!」

 頭を押し退けようとする腕を捕えて、もう一度額に押し当てた。先ほどのような冷たさはなく、むしろ熱を持っているように感じられる。

「…お前、本当にわかっていないんだよな?」
「なにが?」
「まぁいい。逃げられると思うなよ」

 リッシュを見上げるシャムシールの目は、不敵な笑みを湛えていた。


*****
むろん染めるのも手折るのも俺様だと思っている。
この人の恋愛遍歴はまるで思い浮かばないんですが、
寄ってくる女子を適度に食い散らかしてた感じなのか、
あるいは玄人しか知らないのか…どうなんだろう…どう思う?
ともかく本当に好きになれたかもしれないのがすぐ上の姉で、
しかし結局恋になることなく終わっているのでしょう。
ということはリッシュちゃんが初恋なんだな(笑)

あと持病は心因性発熱(ストレス性高体温症)
弱音が吐けない孤高の王者はストレス溜まるだろうね。
この頃は環境変化やタウへの負い目も原因だと思うけど。

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