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お金がない2 [アトラ系プラリア]

お金がない」を読んでくださったマスターより
レイニさんはこう返しそうと教えていただいたので
それを参考に、前作直後からの続編を書きました。
なんか旦那攻めの奥様戸惑い系な話になりました。
シリーズ的にはコメディ路線で通すつもりが
意外と真面目な方向にもいった気がするの。
続くなら次はもっと馬鹿馬鹿しくしたいなぁ。

世界の調整に真面目に立ち向かってく話なんかも
想像して書いてみたい気持ちがあるんだけど、
世界観に関わることだから難しいとこでして。
マテオ・テーペでなにか判明してきたら
こっちの島のシリアス創作もできるのかな…?

*****【お金がない2<ヘアサロン編>】*****

「なるほど、風俗の一種ね。お似合いの仕事ねー」

 似合うと言いながらレイニが向けてくるのは冷めた目線だ。その意味を思案しながら、タウラスは空になったカップに新しく茶を注ぎ入れる。

「確かに、喫茶とはいえ接待を伴いますから、風俗営業にあたりますね…」

 似合うのかどうかは自分では図りかねるところだが、長らく身を置いてきた立場上、接待が得意分野であることは間違いない。聞き役に回って話を広げることも慣れているし、茶を淹れることも堪能なほうだと思う。だからこそ喫茶は向いている気がするのだが、レイニは思うところがあるのだろうか。
 なにか読み取れないかとカップを手にとる様子を見つめていると、お茶を一口飲んだレイニが口を開く。

「ああもう一つ、あなたにお似合いの仕事思いついたわ」
「なんですか?」
「ヘアサロンよ。あなた器用だし、私の髪を切る要領で、奥様お嬢様の髪をカットしてさしあげればいいのよ」

 タウラスは眉を寄せた。隣に立って給仕するのと髪に直接触れるのとでは、かなり気味合いが異なってくる。

「ちょっと失敗しても、『お似合いですよ』『お綺麗です』って耳元で囁いて誑し込めばいいのよ、得意でしょ」

 追い打ちのように続けられた言葉に、タウラスの眉間の皺が幾分増した。

「レイニさんは、俺が他の方の髪に触れても、なにも思わないんですか?」
「髪に触れるくらいで嫉妬してたら、あなたの妻は務まらないわよ……」

 レイニはため息をつきながら肩をすくめる。
 夫は優しい。レイニにも、ほかの誰にでも。問題はその優しさが時に勘違いを招くことに気付いていないことだ。
 それに医療行為とはいえ、彼は普段から村人達の身体に触れているはずで、それに全くもやもやしないと言えば嘘になる。しかしそれを悟らせるのは嫌だった。だから追求される前に言を継ぐ。

「いまのところ村では誰も仕事にしてないわけだし、独占できる業種なのは大きいでしょ? それに喫茶より顧客単価を高くもできる。あと、普段の仕事がない日だけの営業でも支障ないと思うの」

 順に指を立てながら挙げられる理由には納得がいく。タウラスは口元に手をあてて黙考した。レイニ以外の髪に触れるくらい些細なこと……でもないのだが、それだけを理由に固辞することも躊躇われる。なにしろ収入源を確保することは急務なのだ。

「…少し考えてみます。ところで、髪と言えば出産前に一度切っておきたいと言ってましたよね?」
「うん。生まれたらそれどころじゃないだろうから。自分のことは二の次になるから短い方がなにかと楽なのよ」
「それなら、明日天気がよければ整えましょうか」

 そう答えたタウラスは胸ポケットから取り出したメモにこう書き添えた。

 1、病院の勤務時間を増やす
 2、食堂で皿洗いと給士
 3、マナー講師
 4、ダンス講師
 5、ハーブティーの処方(執事喫茶)※保留
 6、ヘアサロン※検討


*****

 翌日、庭に面したウッドデッキに椅子が一脚置かれていた。切った髪を片付けやすいように、普段から鋏をいれるときは外に出るようにしている。風も穏やかで実に散髪に向いた日だった。

「こちらへどうぞ」

 椅子に向けて促すように手を差し出される。レイニが腰掛けようとするとスッとその椅子が押し出された。昨日の執事喫茶を思い出す。
 続いて慇懃な所作で襟元にタオルが掛けられ、そのまま襟足の髪を緩い手付きで撫でられた。

「本日はどのように致しましょう?」

 腰を折ったタウラスの顔が至近距離にある。耳元で囁くように問いかけられ、思わず身体が傾いで逃げた。

「どうって、いつもどおり簡単でいいから整えてくれれば…。それより、近くない?」
「昨日、耳元で囁いたらいいと仰いましたよね? せっかくなのでヘアサロンの試験営業をしてみようと思って」

 距離を崩さないままにっこりと微笑みかけられる。
 その様子にレイニは察した――どうやら昨日の嫌味は通じていたようだ。

「傾かないで座っていてください。アシンメトリーがお好みでしたら構いませんけれど」

 嫌な予感に逃げかける身体を真っ直ぐに戻されて、次には広げられたシーツで包まれる。丁寧な手つきで襟元の隙間が詰められた。

「少し髪を湿らせます、冷たかったら仰ってくださいね」

 霧吹きから吹き出た水で髪が重みを増していく。一吹きしては指先で馴染ませ、また一吹きしては馴染ませて、そこでふとレイニはふわりと漂う香りに気が付いた。

「なんの香り?」
「朝摘みの薔薇でフローラルウォーターを作ってみました」

 朝からキッチンにこもっていたのはそのせいだったらしい。なんでもないことのように返されるが、相変わらず偏りのある知識と根気に苦笑を禁じえない。

「ローズウォーターは肌にもいい効果がありますよ。まだ残っていますから、後で使ってください」
「それは簡単に作れるの?」
「蒸留水を作るのが少し手間ですけれど、素材があれば難しくはないですよ。ほかの花やハーブでも作れます」
「へぇ…それなら、いろんな香りが選べたら良いんじゃない?」
「時季によって素材も変わりますし、長く保存できないですから、予約制にして好みの香りを先に伺うのがいいかもしれませんね」

 昨日はどこか渋るような様子だったが、それなりに前向きに考えているようだ。いつもより殊更に丁寧な手つきも、髪から香る仄かな香りにも気分があがる。
 嫌みへの仕返しかと構えたが、今のところ別段警戒する要素はなさそうだ。

「たまには伸ばしたりしないんですか?」

 湿って纏まりよくなった髪を一束掬って鋏を入れながら、タウラスはそれとは真逆のことを訊ねてきた。

「言ったでしょ。産後は短い方が絶対に楽なのよ」
「少し落ち着いたら伸ばせますか?」
「伸ばした方がいいわけ?」
「ただ、長い髪の貴女も見てみたいと思っただけです」

 乞うような言い方ではないものの、短いのに不満はあるようにも聞こえる。いままで口にしなかっただけで、本当は長い髪が好きなのかもしれない。

「……考えてみる。でもさ、そんなふうに伸ばすのを勧めてたら顧客が減る一方じゃないの? それより短いのが好きですって吹聴でもしたらいいんじゃないかしら」
「吹聴?」
「あなた好みになりたい奥様やお嬢様がお客様になってくれるじゃない」
「まさか。需要があるとは思えません」

 タウラスは苦笑と共に一蹴するが、既婚であれ村では貴重な若い男性であることに変わりない。未だに一夫多妻を望む声も残っているし、需要がないとも言いきれないところだ。
 なんとなく二人とも押し黙り会話が途切れる。鋏の音だけが妙に軽やかに辺りに響いた。
 村の景色を見るとはなく目に映しながら、レイニは思考の渦に引き込まれる。
 思いがけず懐妊はしたけれど、航海のことを考えるとこれ以上の出産は難しいと思われた。出生率の低さを懸念しながら、積極的に子供を儲ける気のない自分が有夫でいる。それは村にとって最良の選択とは言い難い。彼の結婚相手が村を、家を守りながらこの島で待ってくれる他の誰かで、子供も沢山もうけてくれたほうが未来のためには有益だったのではないか…。
 考えても仕方ないと解っているのに払拭しきれずにいる思いだ。

「前髪も整えますか?」

 掛けられた声に瞬く。途端に、ピントの合わないまま目に映していた景色が焦点を結んだ。

「それとも、いつもみたいに自分で?」
「ううん、試験営業なんでしょ? お願いするわ」

 頷いて、正面に回り込んだタウラスは、また丁寧な手つきでレイニの髪を湿らせ、櫛を通しはじめる。

「少し顎を引いて、目を臥せていてください」
「うん」

 言われた通りに目を閉じたレイニの額に鋏の冷たさが掠めた。櫛が通り、鋏が掠め、繰り返し、僅かずつ毛先が整えられていく。

「さっきの話ですけど…もし需要があるなら、もっと短い髪の方が増えていないとおかしいですよね」
「どうして?」
「貴女を真似て」

 鋏の音が止んで、瞼を開いたレイニの目を、思いの外近い場所からオリーブグリーンの双眸が見据えていた。

「俺は、貴女がいいと、常に示しているつもりですから」

 言い含めるようにゆっくりと言葉が紡がれる。詮無いことを考えるなと言われている気がした。
 返す言葉に迷っていると、不意にタウラスの指先がレイニの顎から頬に向けて滑る。その触れかたは唇が降りてくるのを連想させて、レイニは思わず身構えた。

「くっついていました」

 頬から摘まみあげ、指先に移った髪をふっと吹き飛ばしてから、タウラスは緩く首を傾げる。

「今、何か構えませんでした?」
「…別に…」
「あ、こちらにも。…指だと取りにくいな…失礼します」

 目尻の辺りを擽っていた指が離れ、かわりにぐっと顔が近付いた。視界がタウラスの姿だけで覆われる。目の端に顎のラインが見えて、開襟シャツの襟元からは鎖骨が覗いていた。距離が詰まったぶん体温が感じられてどきりとする。少し怯んだところに、ふっと息が吹きかかって「取れました」と言葉が続いた。
 視界に外の景色が戻ってきて、距離をとられたことにほっとした。夫と至近距離で対峙することなどもう慣れているはずなのに、無駄にどぎまぎしてしまうのは何故だろう…。
 そう、たぶん、シーツのせいだ。包まれて自由に動きづらくて身構えてしまうだけ。たぶん、そうだ。そういうことにする。
 視線を感じて目線を上向けると、タウラスは緩く微笑んでいる。

「お似合いですよ、奥様」

 そう言いながら、両手が伸びてきた。
 今度は何事かと竦めた首もとから、シーツの結び目が緩められて、くすっと笑われる。

「な、なによぅ」
「いいえ、別に」

 ほどいたシーツを纏めながらタウラスはレイニに鏡を差し出した。受け取り覗き込んだ鏡面越しに目があう。にっこりと微笑んだ彼は肩越しに顔を寄せてきた。

「とても、お綺麗です」

 耳に吹き込まれる掠れた声に、背中に粟立つような心地が走る。昨日そうすればいいと言ったのはレイニ自身だ。嫌みに嫌味を返されているのかと思うと腹立たしい。さすがに文句のひとつでも言ってやろうかと思ったところで、今までとは様子の違う不安そうな囁きが続いた。

「ヘアサロンは本当に務まるでしょうか……どう思います?」

 訊ねられてレイニは返答に窮した。
 間違いなく勤まるだろう。そして収入も見込めるように思える。しかし、どうしても頷くことが躊躇われた。
 先刻までのやりとりのどこからどこまでをサービスとして採用するつもりなのだろう…。逡巡していると、両方のこめかみの辺りにタウラスの指先が触れる。切ったばかりの短くなった髪が彼の指ですぅっと耳にかけられた。

「やっぱり、俺には無理かな…」
「…どうして?」
「貴女にしか、触れたいとは、思えないから」

 レイニはいましがた顕にされた耳が仄かに熱くなるのを自覚した。わざと空気を含ませるように囁かれて、思わず取り落としそうになった手鏡を慌てて握り直す。

「レイニさん」
「な、なに?」
「耳元で囁いて誑し込めばいいというのは、今みたいなのであっていますか?」

 鏡越しにこちらを見ていたタウラスの瞳が、愉しそうに細められた。その様子にレイニは察した――夫は昨日の嫌味をどこまでもどこまでも根に持っているのだと。

*****
じわっと奥様をいじめる嫌な旦那。
機嫌を損ねると面倒くさいタイプなんだよ。
そして結局レイニさんに触りたいだけの人だったよ。
嫁にしか興味ないことは村中に知れ渡ってそうなので
誑し込めるかどうか怪しいとこだとは思うのですが
奥様に妬かれるのは悪い気がしないのであった。
で、結局ヘアサロン・ルワールは開業するのかねぇ…。


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