二重奏【金田林三&大友弥太郎SS】 [PBWのSS]
林三お誕生日おめでとう企画。
昔のエディタにヤタというタイトルで保存されていたものです。
外で会っている風だったのをお部屋でピアノに変更しました。
で、ひっそりと姉の芽玖美にも触れておいた。
めぇはネットから遠ざかった時期にかぶってて、ろくにカキコメなかったPCです。
たまごぱんだの皆さま、その節はすみませんでした。
【多少は背景がわかるかもしれない補足説明】
林三の母は未婚の母です。恋愛に翻弄されて心が病んでしまった人。
彼女が亡くなったので、遺言により林三は父(金田)の家に引き取られました。
林三のじっちゃんは孫のために、一社員だった父に役職をつけました。
(無能ではない人なので自力で役職狙えたのだろうけど)
じっちゃんの名前が木一で母は双葉って設定もあったなぁ。
木一の孫だから林三なの。
森三じゃないのは、二人を繋ぐのが父じゃなく母だから。
こういう名前遊びは昔から好きでした。
弥太郎はコントラバス弾き。PCメイクの時にこだわる楽器に迷っていたら
ピアノとセッションするなら弦バスはどうかとアドバイスをもらいました。
吹奏楽部に入ったのもコントラバスを選んだのも起因は林三。
なにゆえそんなに好きなんだろうね。
でも書き始めるとそういう方向になっちゃうのだ。
だからどうしても好きなようです。
タイトルはしっくりきてないんですが、他に思いつかなかった。
男子ふたりでまったりしてる話だから似合うかな、とは思う。
*****【二重奏】*****
林三を好きになったのはお金持ちの一人息子だからだった。
姉との留守番がほぼ日課となっていた弥太郎は、自然と女の子遊びをすることが多かった。おままごとやお姫様ゴッコでおリボンを結ばれることなんてしょっしゅうだった。お下がりで女の子の服に袖を通すこともよくあったから感覚が麻痺していたともいえる。
その日もおままごとから発展したお姫さまゴッコですっかりおめかしさせられていたのだ、たしか。
「ヤタちゃんあのね、男の子から女の子になるのってすっごくお金がいるんだってぇ。玉の輿じゃないときっとなれないよねぇ」
「タマノコシー?」
「お金持ちと結婚することだよ。この前テレビでゆってたの」
というわけで、姉に吹き込まれた微妙な情報により、幼少期の弥太郎の野望は玉の輿にのることに決定された。
そんな折、父親の仕事の関係でお呼ばれしたのが絵に描いたようなオカネモチのお宅だった。
そうして、そこにいたのが林三だった。当時はまだ国代という苗字の。
*****
あちらこちらで同じ年頃の子供達が騒いでいて、それを窘める親達もちょっとうるさくて、少し面倒くさそうな集まりだなと弥太郎は思っていた。
そんな中で、林三は独りピアノの前に座っていた。
誰と話すわけでもなく、周りには親らしき人の姿もない。
「あの子がこの家の子?」
同行していた父に確認をとってから、弥太郎は早速オカネモチに接触することにした。
ピアノ椅子の長方形の座面にぐいっと割り込むようにして隣を陣取る。
「ねぇ、名前なんていうの? ヤッタンはね、オオトモヤタローだよ」
「…くにしろりんぞー」
「ふぅん。じゃあ、りんぞー。ヤッタンと結婚して」
いきなりの言葉に林三はキョトンと弥太郎をみつめかえした。たっぷり10秒ほど。
「結婚はムリやと思う」
「大丈夫。ヤッタンいまは男の子だけどねぇ、りんぞーと結婚したら女の子になれるんだよ」
よくわからないことを言いながら、座面の隙間を詰めてくる弥太郎を見つめて、林三はうーんと唸った。
「あのな、お母さんが寂しがるから、ほかの子とは結婚できへんのん。ボクなぁ、お父さんの代わりなんやて」
なにか淋しそうな顔だな、と思った。
林三の視線を追うと少し病的な感じのする大人の女性が居る。キレイだけどなにか気持ち悪くて、好きになれそうにない。
婚約を交渉するなら母親より父親から攻めたほうがいいかもしれない。
「りんぞーのお父さんはいないの?」
「いてるけど家にはおらへん。会うたこともない」
ポーンとひとつ、林三の指が鍵盤を叩く。
「お母さんなぁ、お父さんのこと好きで好きでたまらんのやって。でもボクがいてるから、そばにおらんでももうええって言うんよ。そやから、ボクはずっとそばにおらなあかんのやと思う」
ポーンともうひとつ、半音下がった音色。
「へんなの。代わりってなぁに? ヤッタンほかにも好きな子いるけど、みんな違うふうに好きだよ。代わりでスキになった子なんていないもん。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも友達も、りんぞーもみんな別々に好きだもん」
「ほな、誰が一等すきなん?」
林三はなにかひどく困った顔をしていた。
なんとなく、もうひと押ししたらなんとなかるように思った。
「一番好きなのは、今はりんぞー。お父さんに帰ろうって言われてもイヤって思うもん。りんぞーのお母さんはお父さんの代わりにりんぞーが好きなんでしょ? じゃあお父さんがいたらりんぞーはいらないよね。ヤッタンは代わりじゃなくってりんぞーが好きなんだもん。そっちのほうが偉いからソンチョウしてよ」
思い返してみると、我ながらハッタリがきいているとおもう。
なにせ当時の弥太郎はお父さんの代わりどころか、お金持ちの一人として林三をみていたのだ。冷静に考えればよほど質が悪い。
「どないしよ…困ってもーた」
「困らなくていいから。ヤッタンのことスキ? キライ? はっきりしてよー」
「…うんと…好き、やと思う」
「ヤッタンも好きだから好きどーしだよね。うんとね、好きどーしで結婚するにはこうするんだって」
不意に林三の唇にハンコでもおされたような感触がくっついた。
*****
あの時くっついてきたハンコが、いますぐそこでアイスティーのストローをくわえている。
「なに?」
「うん、なんや初めて会うたときのこと思い出してたん」
「あぁ、アレね。はじめてちゅーしたとき」
「…カウントしてへんからな、アレは」
「なんで? ベロチューじゃないから? じゃあいまから仕切りなおす?」
わざわざ立ち上がって椅子に割り込んでくる。
さすがに幼少期と違って、細長いピアノ椅子と言えども手狭だ。端に寄った末に立ち上がると、弥太郎はむっと眉を寄せた。
「逃げんなよ」
「逃げてへんよ。せっかく淹れてもーたんやし、茶ァもいただいとこぉ思うただけ」
林三は白い座卓の前に胡坐をかいて、水滴のついたアイスコーヒーを手に取った。
「めぇちゃんは元気なん?」
訊ねたのは、この部屋の持ち主のことだ。
弥太郎の姉の芽玖美(めぐみ)は独り暮らしをしながら美容系の専門学校に通っているらしい。「ヤタちゃんをもっとかわいくしてあげたいから」という理由で。
「電話の感じじゃ元気そうだったけど。ちょっと前までホームシックで死にかけてたけどね」
二人が芽玖美の部屋にいるのはピアノがあるからだ。
誕生日に何がほしいかと聞かれた林三は、弥太郎の家にあるピアノを弾かせてほしいと頼んだ。
相部屋の寮生活では思うままにピアノを弾くことは難しい。一応持ち込んでいる電子ピアノに防音機能はついているのだが、響かない音というのは味気なくあまり好きではない。そして音の問題よりも鍵盤の重みの違いがどうしても気持ち悪かった。かなり似せてはいるのだろうけれど、指から感じる違和感は拭えない。
「で? なんで昔のこと思い出してたわけ?」
「うん…あの日はなぁ、なんちゅーか、セイテンノヘキレキやってん」
「雷鳴とどろくくらい印象的だったんだ、オレ。…結局アレってなんの集まりだったんだっけ?」
ピアノ椅子から降りて、座卓の隣に座りなおした弥太郎は首をかしげる。
林三に出会ったことは印象深いのだが、当時はなんの集まりかよくわからずに連れていかれたのだ。
「なんやしらんけど、じーちゃんが同い年くらいの子供のおる社員を招待したんとちゃったかな…。ほれ、オレ大人にばっか囲まれてたやろ? ほいで気になってたんやと思う」
「あー。大人に翻弄されてたよね、なんか」
「いまでもソコソコ翻弄されとるけどなぁ…あんとき弥太郎に会わへんかったら、もっと翻弄されとるやろな」
弥太郎は最初から一直線に好きだと言って来た。
キミだから好きなんだと、まっすぐに向かってきたから、距離を測るヒマもなかった。
つたないながらも誰かの代わりじゃないと言ってくれた弥太郎の言葉に、あのとき確かに救われたのだ。
「んー、正直にいうと最初は玉の輿狙いだったんだよね、アレ…でも、いまはお金がなくてもりんぞーのこと好きだよ?」
「そら、おーきに」
「マジメな話なんだけど…」
「マジメにおーきにって言うてるやんか」
弥太郎のぷうっと膨らんだ頬が、ブクブクと行儀悪くアイスティーを泡立てる。
「国代の家には戻る予定ないの?」
「まだなんとも言えへんカンジやなぁ。とりあえずこっちのガッコおる間は金田のまんまやと思う」
実のところ少しばかり興味の沸いた職業はあるのだが、いずれ林三に後を継がせる気で父を社長に据えた祖父が、それを許してくれるかどうかは難しいところだと思っている。
「ふぅん。国代弥太郎でも金田弥太郎でもゴロはいいからかまわないけどさぁ」
「ちゅうかジブン、まだ養子縁組狙うてたん?」
「夢のない言い方しないでよ。それとさぁ、ジブンじゃなくって弥太郎ってちゃんと呼んで。その他大勢といっしょくたみたいでヤダ」
ふいっと、そっぽをむく弥太郎に、林三はのほんと苦笑する。
「ヤタローはヤタローやから、その他大勢といっしょくたにはならへんよ。それより、ちょこっと弾いたら楽譜欲しなってもーた」
「駅前にでも見に行く?」
「そやなぁ。まだ時間あるし」
弥太郎の両親からは夕飯も食べていくようにと仰せつかっている。大事な社長のご子息をぞんざいに扱えないからと言っていた。ご子息なんて言っているが、弥太郎の父と林三の父は気の合う同期でツーカーの仲だ。林三としても大友のおっちゃんは親戚のような感覚でいる。
ズルズルとこちらも行儀悪くアイスコーヒを飲み干して、林三は立ち上がった。
「どうせやったら弦バスとのデュオに使えそーなのにしよかなぁ。ヤタローもたまには弾けるような……なんなん? くっつかんでええんやけども…」
ドアに向かいかけた林三の足の間から、膨らんだスカートが覗いていた。最近弥太郎が好んで着ているゴスロリとかいう服らしい。後ろからぴったりと密着されて、歩きにくくて仕方がない。
「なぁ、歩きにくいんやけど…」
「りんぞーが悪い。こうなるのはりんぞーのせい」
どうもなにか感極まるほどのことを言ってしまったらしい。
林三としては普通の会話をしていたつもりで、なにがそんなに琴線に触れたのかよくわからないのだけれど。
でもまぁ、ヤタローが嬉しそうやしえぇか。そう納得して、林三はズルズルと弥太郎を引き摺りながらドアへと向かった。
*****
それで? というお話。
大した内容もないのに4000字くらいあるんだ、あっはっは。
内容よりも書きあげることが目標だったからいいんです。
謎の絆で結ばれた男子がわちゃわちゃしてるような話が好きなんです。
ちなみに林三は実家だとグランドピアノを弾いてます。めぇのはアップライトね。
昔のエディタにヤタというタイトルで保存されていたものです。
外で会っている風だったのをお部屋でピアノに変更しました。
で、ひっそりと姉の芽玖美にも触れておいた。
めぇはネットから遠ざかった時期にかぶってて、ろくにカキコメなかったPCです。
たまごぱんだの皆さま、その節はすみませんでした。
【多少は背景がわかるかもしれない補足説明】
林三の母は未婚の母です。恋愛に翻弄されて心が病んでしまった人。
彼女が亡くなったので、遺言により林三は父(金田)の家に引き取られました。
林三のじっちゃんは孫のために、一社員だった父に役職をつけました。
(無能ではない人なので自力で役職狙えたのだろうけど)
じっちゃんの名前が木一で母は双葉って設定もあったなぁ。
木一の孫だから林三なの。
森三じゃないのは、二人を繋ぐのが父じゃなく母だから。
こういう名前遊びは昔から好きでした。
弥太郎はコントラバス弾き。PCメイクの時にこだわる楽器に迷っていたら
ピアノとセッションするなら弦バスはどうかとアドバイスをもらいました。
吹奏楽部に入ったのもコントラバスを選んだのも起因は林三。
なにゆえそんなに好きなんだろうね。
でも書き始めるとそういう方向になっちゃうのだ。
だからどうしても好きなようです。
タイトルはしっくりきてないんですが、他に思いつかなかった。
男子ふたりでまったりしてる話だから似合うかな、とは思う。
*****【二重奏】*****
林三を好きになったのはお金持ちの一人息子だからだった。
姉との留守番がほぼ日課となっていた弥太郎は、自然と女の子遊びをすることが多かった。おままごとやお姫様ゴッコでおリボンを結ばれることなんてしょっしゅうだった。お下がりで女の子の服に袖を通すこともよくあったから感覚が麻痺していたともいえる。
その日もおままごとから発展したお姫さまゴッコですっかりおめかしさせられていたのだ、たしか。
「ヤタちゃんあのね、男の子から女の子になるのってすっごくお金がいるんだってぇ。玉の輿じゃないときっとなれないよねぇ」
「タマノコシー?」
「お金持ちと結婚することだよ。この前テレビでゆってたの」
というわけで、姉に吹き込まれた微妙な情報により、幼少期の弥太郎の野望は玉の輿にのることに決定された。
そんな折、父親の仕事の関係でお呼ばれしたのが絵に描いたようなオカネモチのお宅だった。
そうして、そこにいたのが林三だった。当時はまだ国代という苗字の。
*****
あちらこちらで同じ年頃の子供達が騒いでいて、それを窘める親達もちょっとうるさくて、少し面倒くさそうな集まりだなと弥太郎は思っていた。
そんな中で、林三は独りピアノの前に座っていた。
誰と話すわけでもなく、周りには親らしき人の姿もない。
「あの子がこの家の子?」
同行していた父に確認をとってから、弥太郎は早速オカネモチに接触することにした。
ピアノ椅子の長方形の座面にぐいっと割り込むようにして隣を陣取る。
「ねぇ、名前なんていうの? ヤッタンはね、オオトモヤタローだよ」
「…くにしろりんぞー」
「ふぅん。じゃあ、りんぞー。ヤッタンと結婚して」
いきなりの言葉に林三はキョトンと弥太郎をみつめかえした。たっぷり10秒ほど。
「結婚はムリやと思う」
「大丈夫。ヤッタンいまは男の子だけどねぇ、りんぞーと結婚したら女の子になれるんだよ」
よくわからないことを言いながら、座面の隙間を詰めてくる弥太郎を見つめて、林三はうーんと唸った。
「あのな、お母さんが寂しがるから、ほかの子とは結婚できへんのん。ボクなぁ、お父さんの代わりなんやて」
なにか淋しそうな顔だな、と思った。
林三の視線を追うと少し病的な感じのする大人の女性が居る。キレイだけどなにか気持ち悪くて、好きになれそうにない。
婚約を交渉するなら母親より父親から攻めたほうがいいかもしれない。
「りんぞーのお父さんはいないの?」
「いてるけど家にはおらへん。会うたこともない」
ポーンとひとつ、林三の指が鍵盤を叩く。
「お母さんなぁ、お父さんのこと好きで好きでたまらんのやって。でもボクがいてるから、そばにおらんでももうええって言うんよ。そやから、ボクはずっとそばにおらなあかんのやと思う」
ポーンともうひとつ、半音下がった音色。
「へんなの。代わりってなぁに? ヤッタンほかにも好きな子いるけど、みんな違うふうに好きだよ。代わりでスキになった子なんていないもん。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも友達も、りんぞーもみんな別々に好きだもん」
「ほな、誰が一等すきなん?」
林三はなにかひどく困った顔をしていた。
なんとなく、もうひと押ししたらなんとなかるように思った。
「一番好きなのは、今はりんぞー。お父さんに帰ろうって言われてもイヤって思うもん。りんぞーのお母さんはお父さんの代わりにりんぞーが好きなんでしょ? じゃあお父さんがいたらりんぞーはいらないよね。ヤッタンは代わりじゃなくってりんぞーが好きなんだもん。そっちのほうが偉いからソンチョウしてよ」
思い返してみると、我ながらハッタリがきいているとおもう。
なにせ当時の弥太郎はお父さんの代わりどころか、お金持ちの一人として林三をみていたのだ。冷静に考えればよほど質が悪い。
「どないしよ…困ってもーた」
「困らなくていいから。ヤッタンのことスキ? キライ? はっきりしてよー」
「…うんと…好き、やと思う」
「ヤッタンも好きだから好きどーしだよね。うんとね、好きどーしで結婚するにはこうするんだって」
不意に林三の唇にハンコでもおされたような感触がくっついた。
*****
あの時くっついてきたハンコが、いますぐそこでアイスティーのストローをくわえている。
「なに?」
「うん、なんや初めて会うたときのこと思い出してたん」
「あぁ、アレね。はじめてちゅーしたとき」
「…カウントしてへんからな、アレは」
「なんで? ベロチューじゃないから? じゃあいまから仕切りなおす?」
わざわざ立ち上がって椅子に割り込んでくる。
さすがに幼少期と違って、細長いピアノ椅子と言えども手狭だ。端に寄った末に立ち上がると、弥太郎はむっと眉を寄せた。
「逃げんなよ」
「逃げてへんよ。せっかく淹れてもーたんやし、茶ァもいただいとこぉ思うただけ」
林三は白い座卓の前に胡坐をかいて、水滴のついたアイスコーヒーを手に取った。
「めぇちゃんは元気なん?」
訊ねたのは、この部屋の持ち主のことだ。
弥太郎の姉の芽玖美(めぐみ)は独り暮らしをしながら美容系の専門学校に通っているらしい。「ヤタちゃんをもっとかわいくしてあげたいから」という理由で。
「電話の感じじゃ元気そうだったけど。ちょっと前までホームシックで死にかけてたけどね」
二人が芽玖美の部屋にいるのはピアノがあるからだ。
誕生日に何がほしいかと聞かれた林三は、弥太郎の家にあるピアノを弾かせてほしいと頼んだ。
相部屋の寮生活では思うままにピアノを弾くことは難しい。一応持ち込んでいる電子ピアノに防音機能はついているのだが、響かない音というのは味気なくあまり好きではない。そして音の問題よりも鍵盤の重みの違いがどうしても気持ち悪かった。かなり似せてはいるのだろうけれど、指から感じる違和感は拭えない。
「で? なんで昔のこと思い出してたわけ?」
「うん…あの日はなぁ、なんちゅーか、セイテンノヘキレキやってん」
「雷鳴とどろくくらい印象的だったんだ、オレ。…結局アレってなんの集まりだったんだっけ?」
ピアノ椅子から降りて、座卓の隣に座りなおした弥太郎は首をかしげる。
林三に出会ったことは印象深いのだが、当時はなんの集まりかよくわからずに連れていかれたのだ。
「なんやしらんけど、じーちゃんが同い年くらいの子供のおる社員を招待したんとちゃったかな…。ほれ、オレ大人にばっか囲まれてたやろ? ほいで気になってたんやと思う」
「あー。大人に翻弄されてたよね、なんか」
「いまでもソコソコ翻弄されとるけどなぁ…あんとき弥太郎に会わへんかったら、もっと翻弄されとるやろな」
弥太郎は最初から一直線に好きだと言って来た。
キミだから好きなんだと、まっすぐに向かってきたから、距離を測るヒマもなかった。
つたないながらも誰かの代わりじゃないと言ってくれた弥太郎の言葉に、あのとき確かに救われたのだ。
「んー、正直にいうと最初は玉の輿狙いだったんだよね、アレ…でも、いまはお金がなくてもりんぞーのこと好きだよ?」
「そら、おーきに」
「マジメな話なんだけど…」
「マジメにおーきにって言うてるやんか」
弥太郎のぷうっと膨らんだ頬が、ブクブクと行儀悪くアイスティーを泡立てる。
「国代の家には戻る予定ないの?」
「まだなんとも言えへんカンジやなぁ。とりあえずこっちのガッコおる間は金田のまんまやと思う」
実のところ少しばかり興味の沸いた職業はあるのだが、いずれ林三に後を継がせる気で父を社長に据えた祖父が、それを許してくれるかどうかは難しいところだと思っている。
「ふぅん。国代弥太郎でも金田弥太郎でもゴロはいいからかまわないけどさぁ」
「ちゅうかジブン、まだ養子縁組狙うてたん?」
「夢のない言い方しないでよ。それとさぁ、ジブンじゃなくって弥太郎ってちゃんと呼んで。その他大勢といっしょくたみたいでヤダ」
ふいっと、そっぽをむく弥太郎に、林三はのほんと苦笑する。
「ヤタローはヤタローやから、その他大勢といっしょくたにはならへんよ。それより、ちょこっと弾いたら楽譜欲しなってもーた」
「駅前にでも見に行く?」
「そやなぁ。まだ時間あるし」
弥太郎の両親からは夕飯も食べていくようにと仰せつかっている。大事な社長のご子息をぞんざいに扱えないからと言っていた。ご子息なんて言っているが、弥太郎の父と林三の父は気の合う同期でツーカーの仲だ。林三としても大友のおっちゃんは親戚のような感覚でいる。
ズルズルとこちらも行儀悪くアイスコーヒを飲み干して、林三は立ち上がった。
「どうせやったら弦バスとのデュオに使えそーなのにしよかなぁ。ヤタローもたまには弾けるような……なんなん? くっつかんでええんやけども…」
ドアに向かいかけた林三の足の間から、膨らんだスカートが覗いていた。最近弥太郎が好んで着ているゴスロリとかいう服らしい。後ろからぴったりと密着されて、歩きにくくて仕方がない。
「なぁ、歩きにくいんやけど…」
「りんぞーが悪い。こうなるのはりんぞーのせい」
どうもなにか感極まるほどのことを言ってしまったらしい。
林三としては普通の会話をしていたつもりで、なにがそんなに琴線に触れたのかよくわからないのだけれど。
でもまぁ、ヤタローが嬉しそうやしえぇか。そう納得して、林三はズルズルと弥太郎を引き摺りながらドアへと向かった。
*****
それで? というお話。
大した内容もないのに4000字くらいあるんだ、あっはっは。
内容よりも書きあげることが目標だったからいいんです。
謎の絆で結ばれた男子がわちゃわちゃしてるような話が好きなんです。
ちなみに林三は実家だとグランドピアノを弾いてます。めぇのはアップライトね。
2016-08-01 01:00
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