Tu es la cime de mes désirs. [アトラ系プラリア]
レイニさんの反応を教えていただけたので手直ししました。
しっくりこない部分や、降りてこなくて妥協してた台詞等
全体的にちょこちょこと改訂しております。
暫定で載せてたのはコチラです→【前半】 【後半】
ところで…
レイニさん得意じゃないけどダンスできる人でした!
昔々におうかがいしたのを失念してました(汗)
なので後半は結構変わったと思います。
途中ワルツを調べすぎて迷走スパイラルに陥り、
もっと書いてあったのをザックザクと削りました。
最初から雰囲気でなんちゃって書きしたらよかった…
あと、山の一族との政略婚は忘れてた訳ではないです。
あれもプロポーズを焦らせた一因になってるし。
旦那さん以外に心が動くことはなかっただろうに
無理して承諾してないか心配しての問いかけです。
返答が擽ったく幸せで(*´ω`*)ってなりました。
ありがとうございます!ありがとうございますぅ!!
で、まぁ…繋げて仕上げてみたらね、長いのよ。
削らなかったら6000~7000字いってたと思う。
暇と気力があればご一読くださいませ。
*****【Tu es la cime de mes désirs.】*****
「タウラス? すぐに行くから、少し待っていて」
奥の部屋から届いた声に「判りました」と答えて、改めて室内を見渡した。
目に慣れはじめたこの部屋は、中央に据えられた大きなソファーが一際目立つ。
一人のベッドでは寝つけないと話していたが、まだ、このソファーで眠っているのだろうか…。
頻繁に訪れるようになったものの、タウラスはまだこの部屋で夜を明かしたことはない。
彼女がどこか関係の進展を躊躇しているように感じているからだ。
男として見られていなかったらしいから、すぐに全ては切り替えられないのかもしれない。
それでも――胸ポケットの上から鍵の感触を確かめる。これは、合意と受け止めていいのだろうか…。
「お待たせ」
振り返り、部屋の境に佇むレイニの姿に目を瞠った。
身にまとっているのは華やかなドレスだ。
「見たいって言ってくれたでしょ? そのうちじゃなくて、今日にしてみたわ」
言いながら、ドレスの裾を少し持ち上げて、タウラスの方へと歩み寄ってくる。
「よく、お似合いです…」
施されたメイクはいつもより艶やかで、緩く纏められた髪も常とは違う新鮮さで色っぽい。遅れ毛のかかる項や、露出した肩の滑らかな肌が目に眩しかった。
身体に添うドレスラインを辿ると、つい開いた胸元や華奢な腰に目線が向きそうになる。
スタイルの良さに気づいてはいたが目の当たりにするとクるものがある。
これは、思った以上に……脱がせたい…。
不埒なことを考えかけて、打ち消そうと瞬きを繰り返す。直ぐに迫るのはいくらなんでも性急すぎるだろう。
「それだけ?」
「…え?」
「だから、他にもうちょっと感想はないのかなあ?」
不機嫌さを感じさせる声音に、下心を見抜かれたのかと焦ったが、単純に言葉足らずなのが不服だったらしい。タウラスは内心で胸を撫で下ろした。
「すみません、その、見惚れてしまって…やっぱり、今日は俺の服で隠してしまってよかった、他の男性の目を喜ばせるのは悔しいですから。貴女が魅力的なのは皆さん充分ご存知でしょうけれど魅せられる方が増えたら困ります」
「いやー流石にそんなことは…あはは」
「何故ないと思うんですか? こんなに綺麗なのに」
滑らかに紡ぎ出される台詞の端々に、むず痒くなる言葉が散りばめられていてなんとも落ち着かない。
同時に、レイニは複雑な思いに駈られていた。彼はこんなこと言い慣れているのだろう、きっと。
「あ、ありがとう。万が一言い寄られたら、もう結婚の予定があるってちゃんと断るから。だから、次にああいう機会があったら…ドレス、着てもいい?」
「その時は、隣を離れないと約束してください」
「うん、努力はする」
「努力…ですか」
「じっとしてられない質なの知ってるでしょ? それに、私としてはあなたの方がよっぽど心配なんだけど。今日だって沢山の女の子を侍らせてたじゃない?」
棘のある言葉だ。昼間女性に囲まれたのは例の薬のせいなのだが、レイニはその事実を知らない。
「あぁ…あれには、わけがあって…。それより、改めてお伝えしておきたいことがあるんです」
言葉を濁す様子に訝しさを覚えるが、続く真剣な面持ちにレイニは口をつぐんだ。
黙ったまま目顔で何と訊ねる。
「聞いてもらえますか?」
問いかけに頷くと、タウラスは両手でレイニの左手を掬い取り、その場に跪いた。
下から見上げてくるオリーブ色の瞳に、真っすぐ射貫かれる。
「レイニさん、貴女が好きです……誰よりも。結婚を前提に、交際していただけますか?」
突然のことにレイニはポカンと呆けた。
一拍おいて、昼間、彼に言ったことを思い出す。
『私、あなたに、好きという言葉を貰った覚えも、交際を申し込まれた覚えもないけれど』
だから、好きだと、恋人としてつきあってほしいと、改めて伝えようとしているのか…。
でもこれは、告白でも交際の申し込みでもなく、やはりプロポーズではないだろうか。
変なところで律儀だなと内心で苦笑していると、跪いたままのタウラスが不安気に首を傾げる。
「返事はいただけないんですか?」
「あぁ、ええと…もちろん」
「…光栄です。Mon amour.」
聞きなれない言葉とともに甲に口づけを落とされた。
「なに? モナム?」
「『Mon amour』…愛しい人、という意味です。両親の故郷の古い言葉らしくて。父から母に宛てた手紙の末尾によく添えられていました」
「そう、ご両親の。…でも、それって、ラブレターかなにかじゃないの? 息子のあなたが読んでいいものだったの?」
「読み聞かせてくれたのは母本人ですから。『Mon amour』は配偶者や恋人に呼びかけるのに日常的に使われていた言葉らしいです。他にも『Ma bien aimée』とか『Mon trésor』とか…」
不思議な響きの言葉は、どこか囁くようだ。
タウラスの穏やかで優し気な声で紡がれると、おさまりがよく聞こえ、耳に心地いい。
「いまのはどんな意味なの?」
「いまのは……掛けて話しましょうか」
レイニの腰に自然と腕が添えられる。いつもどおりの手慣れたエスコートだ。
ソファーに導かれ腰かけると、そのままタウラスも寄り添うように隣に座った。
「『Ma bien aimée』は最愛の人。『Mon trésor』は私の宝」
「へぇ…あなたのお父様は随分情熱的だったのね」
「どうなんでしょう? 母曰く奥手で苦労したそうなので。移住してきてから同郷者の寄合いがあって、その時に壁の大木になっていた父を、母から誘いにいったのが最初らしくて…」
「大木?」
「壁の花なら可愛いけれど、大木が固まってて悪目立ちしてた、と、よく言っていました」
「かわいいじゃない、固まる大木。…じゃあ、お母さまが積極的で、お父様の手紙はそれに応えていたってことなのね」
「ええ、たぶん。口べただったぶん手紙は沢山書いたようです。残っていたものは全部母の棺にいれましたけど…」
あれからもう随分経つけれど、たくさんの愛を語る、癖のある字が思い出される。
結婚を決めたら、二人の眠る墓標に報告に行くのだと思っていた。
あなたたちのような夫婦になりますと。伴侶を慈しみ愛し続けることを教えてくれたのは両親だったから。
「再婚はまったく考えなかったと言っていましたから。父に繋がるものはできるだけ一緒に納めてあげようと思って」
言いながら、タウラスの両手がレイニの身体を引き寄せる。
強引な力強さはまるでなく、不安を隠して囲い込むような力加減だとレイニは感じた。
「レイニさん…」
「なに?」
今度はなにに不安を感じているのか…まわされた腕に手を添えて、タウラスの胸に背中を預ける。
「本当に、いいんですか」
「なにが?」
「あなたも、ずっと、忘れられないから、しなかったのでしょう…再婚」
言葉を選びながら、途切れ途切れに紡がれた問いかけは、前夫を思惟してのことなのだろう。
まだ気持ちが残っていると慮っているのかもしれない。
「…考えてなかったわけじゃないわ、再婚」
それが、娘の為にどうしても必要になったら。
それが、村の為になるのなら。
愛する人の為に、再婚という手段が必要なら、してもいいと考えていた。
「ただ、あの人以外の男性を……ええっと」
言い淀んだレイニは軽く俯いた。その頬に僅かに朱がさす。
「恋しく想うことなんて、ないと思ってた」
恋しい――その言葉がタウラスの胸に高鳴りを運ぶ。
気持ちが揃っていないわけではないと判って、安堵と歓喜で口元が綻んだ。緩く囲っていた腕に自然と力がこもる。
「あなたこそ、ホントにいいの? ほら、あなたモテるし……でも、今更心変わりされても……困る」
レイニの指が、どこか不安そうに、そっと腕の傷に触れた。
心変わりなんてするわけがない。いつも自信に満ちた彼女がそんなふうに憂うことが不思議だった。
「俺は未だに信頼されていないんですね」
揶揄するように言って苦笑したタウラスは、傷に触れるレイニの指に自らの指を絡める。五指を深く繋ぎ合わせてきゅっと握り締めた。離さないと伝わるように。
「信じて貰えないかもしれないですけど、自分からアプローチしたのは、レイニさんだけなんだけどな…。告白なんて初めてのことで、慣れないことしたから、焦って、順番だって間違えて…」
好意を伝える前に結婚を申し込んでいた。誰かのものなってほしくなくて、誰かものになれと言われるのも嫌で、添い遂げる権利を手に入れたくて…焦りすぎたかもしれない。それでも――。
「それでも、受け入れてもらえたから…こんな幸運を手放すわけがないのに…」
レイニの項に柔らかな感触が触れた。温かな心地。唇を押し当てられたのだと気づく。
動くことなく、じっと、押し当てられるだけの口づけ。
温かく、柔らかく、優しくて、微かにかかる息がこそばゆい。
彼はほかの場所にもこんなふうに優しく触れるのだろうか…そう考えてレイニの身体は途端に緊張した。
「あ、あの! そうだ! 前から聞きたかったことがあるの!」
身を捩って唇から逃げだしたレイニは、大げさなほどの身振り手振りで話題を探す。
「私、貴族ってわからないことも多くて…えっと、ほら、大衆小説の中みたいに、決闘とか舞踏会とか本当に頻繁にあるもの…なの?」
この雰囲気を変えられるならなんでもよかったとはいえ、突拍子もない話題にしすぎただろうか。やきもきするレイニを他所に、タウラスは怪訝な表情ながら、口元に手をあてて思いめぐらせる。
「決闘はどうかな…一度だけ手袋を投げつける場面を見たことならあります。舞踏会や夜会は情報収集の場にもなりますから、あちこちで頻繁に開催されていましたよ」
「そうなんだ…。それで、やっぱりあなたは、女の子に囲まれるのね?」
「根に持ちますね…」
「当たり前でしょう。私には男の格好をさせておきながら、あんなに侍らせちゃって…苛ついた」
「あれは、薬のせいですよ。オリンさんがくださったんです。その…惚れ薬を」
「あぁ、もしかしてホラロの…」
レシピの存在を思い出した様子のレイニに、タウラスは「たぶん」と困った顔で頷き返す。
「物が物だけに、部屋にも病室にも無防備に置いておけずに持ち歩いていたんですけど、いつのまにか落としたようで…」
「かえって事態を悪くしてるじゃないの」
「申し開きのしようもないです…」
「まぁ、レシピを見たかんじ持続時間はそれほど長くないみたいだったし、私のことも助けてくれたみたいだし、今回は許そうかな」
顔をみあわせてふふっと笑いあう。
そこから二人はホラロの偏愛の行方や、村人の様子、これからのことを語りあった。
話題はつきず、穏やかな時間が流れる。
「踊りませんか?」
不意に話題をかえたのはタウラスだった。
「そんな素敵な姿で、座っているだけでは勿体ないです」
「いい、得意じゃないの」
「どうしても、お相手願えませんか?」
「……簡単なのにして」
根負けしてそう返すレイニに、タウラスは嬉しそうに微笑んで、掌を掬い取る。
「ワルツは? 場所も狭いですし、ナチュラルターンで少しだけ」
「たぶん、大丈夫」
手を引かれ立ち上がる。向かい合わせになると、タウラスが両手を広げて背筋を延ばした。わずかに顎を持ち上げるように立つ姿は、常とは一味違う凛とした様子だ。伏目勝ちに投げかけられる視線は、どこか艶っぽい。
差し出された左手に向けてレイニは右手を合わせる。
「…足、踏んだらごめんね」
タウラスの腕に手を添えながら、レイニは珍しく自信のなさそうな表情でそう告げた。婚家で必要だったから覚えはしたけれど、正直に言えばダンスは得意ではない。
「踏んでもいいですよ。気にせずに続けてください。それより、あまり足元は見ないで」
ホールドしてからレイニの視線がほとんど足元に注がれているのが気になっていた。
一瞬上向いた視線は、しかしすぐに足元に向けられて忙しく往復しはじめる。
「でも…見ないと、踊れない」
「足よりもこの空間を保つように意識を向けてみて下さい」
タウラスは二人の腕で作られた楕円を示した。
「いまのポジションでは踏むのは難しいでしょう? これがぶれなければ踏めないはずです」
理屈はわかるのだが、そう上手くいくものだろうか…。
いぶかしげ気な表情を浮かべるレイニにタウラスは瞳を細める。
「大丈夫。踏ませない自信もあります」
ふわりと微笑む彼の方は随分と得意分野のようだ。
それはたぶん、生きてきた世界が違うから――。
大陸で過ごしていたら、二人の人生が交わることはなかっただろう。交わったとしても、娘のために彼との結婚を考えることはなかったはずだ。
『こんな幸運を手放すわけがない』
先刻のタウラスの言葉が、レイニの胸にストンと落ちた。
「レイニさん?」
「あ…、それじゃ、遠慮なく踏むわね!」
「えー…遠慮はしてください」
軽口のようにそう返して、珍しく声をたてて笑うタウラスにつられてレイニも笑う。
「カウントをとりますね…」
――One、two、three…
タウラスが紡ぐカウントに合わせて、カツコツと靴の音が重なる。
はじめのうち、おそるおそる踏み出していたステップも、気づけば伸びやかに踏み出せていた。ふわり、ふわりと身体が振れる度、ドレスの裾も揺れてレイニの足をくすぐる。
踊りやすい。上達したような気分になる。
目線だけでタウラスを見ると、彼の目線もレイニに向けられていた。
「Je、te、aime、je、te、veux…」
「え?」
唇が唐突にカウントとは違う音を刻んで、レイニは足をもつれさせた。ふらついた身体を柔らかく抱き留められる。
「なに?」
「Je t’aime. Je te veux…」
「今度は、どんな意味?」
「『Je t’aime』は、愛しています。『Je te veux』は…」
言葉が途切れる。レイニの背に添えられていたタウラスの腕が、腰を力強く引き寄せた。
ドレスに合わせた踵のある靴のせいで、同じ高さになった目線が真正面から絡む。
「あなたが欲しい」
熱っぽい目だった。
「……駄目ですか?」
*****
乙女ゲーを地で行く!が目標でした。ダンス部分は特に。
乙女ゲーなら「駄目じゃないわ…」で朝チュン路線なのに…
こんなにムード作ったのに……報われないらしいですよ!!
私はめっちゃ楽しいのですが、タウは魂抜けかけてると思います(笑)
しっくりこない部分や、降りてこなくて妥協してた台詞等
全体的にちょこちょこと改訂しております。
暫定で載せてたのはコチラです→【前半】 【後半】
ところで…
レイニさん得意じゃないけどダンスできる人でした!
昔々におうかがいしたのを失念してました(汗)
なので後半は結構変わったと思います。
途中ワルツを調べすぎて迷走スパイラルに陥り、
もっと書いてあったのをザックザクと削りました。
最初から雰囲気でなんちゃって書きしたらよかった…
あと、山の一族との政略婚は忘れてた訳ではないです。
あれもプロポーズを焦らせた一因になってるし。
旦那さん以外に心が動くことはなかっただろうに
無理して承諾してないか心配しての問いかけです。
返答が擽ったく幸せで(*´ω`*)ってなりました。
ありがとうございます!ありがとうございますぅ!!
で、まぁ…繋げて仕上げてみたらね、長いのよ。
削らなかったら6000~7000字いってたと思う。
暇と気力があればご一読くださいませ。
*****【Tu es la cime de mes désirs.】*****
「タウラス? すぐに行くから、少し待っていて」
奥の部屋から届いた声に「判りました」と答えて、改めて室内を見渡した。
目に慣れはじめたこの部屋は、中央に据えられた大きなソファーが一際目立つ。
一人のベッドでは寝つけないと話していたが、まだ、このソファーで眠っているのだろうか…。
頻繁に訪れるようになったものの、タウラスはまだこの部屋で夜を明かしたことはない。
彼女がどこか関係の進展を躊躇しているように感じているからだ。
男として見られていなかったらしいから、すぐに全ては切り替えられないのかもしれない。
それでも――胸ポケットの上から鍵の感触を確かめる。これは、合意と受け止めていいのだろうか…。
「お待たせ」
振り返り、部屋の境に佇むレイニの姿に目を瞠った。
身にまとっているのは華やかなドレスだ。
「見たいって言ってくれたでしょ? そのうちじゃなくて、今日にしてみたわ」
言いながら、ドレスの裾を少し持ち上げて、タウラスの方へと歩み寄ってくる。
「よく、お似合いです…」
施されたメイクはいつもより艶やかで、緩く纏められた髪も常とは違う新鮮さで色っぽい。遅れ毛のかかる項や、露出した肩の滑らかな肌が目に眩しかった。
身体に添うドレスラインを辿ると、つい開いた胸元や華奢な腰に目線が向きそうになる。
スタイルの良さに気づいてはいたが目の当たりにするとクるものがある。
これは、思った以上に……脱がせたい…。
不埒なことを考えかけて、打ち消そうと瞬きを繰り返す。直ぐに迫るのはいくらなんでも性急すぎるだろう。
「それだけ?」
「…え?」
「だから、他にもうちょっと感想はないのかなあ?」
不機嫌さを感じさせる声音に、下心を見抜かれたのかと焦ったが、単純に言葉足らずなのが不服だったらしい。タウラスは内心で胸を撫で下ろした。
「すみません、その、見惚れてしまって…やっぱり、今日は俺の服で隠してしまってよかった、他の男性の目を喜ばせるのは悔しいですから。貴女が魅力的なのは皆さん充分ご存知でしょうけれど魅せられる方が増えたら困ります」
「いやー流石にそんなことは…あはは」
「何故ないと思うんですか? こんなに綺麗なのに」
滑らかに紡ぎ出される台詞の端々に、むず痒くなる言葉が散りばめられていてなんとも落ち着かない。
同時に、レイニは複雑な思いに駈られていた。彼はこんなこと言い慣れているのだろう、きっと。
「あ、ありがとう。万が一言い寄られたら、もう結婚の予定があるってちゃんと断るから。だから、次にああいう機会があったら…ドレス、着てもいい?」
「その時は、隣を離れないと約束してください」
「うん、努力はする」
「努力…ですか」
「じっとしてられない質なの知ってるでしょ? それに、私としてはあなたの方がよっぽど心配なんだけど。今日だって沢山の女の子を侍らせてたじゃない?」
棘のある言葉だ。昼間女性に囲まれたのは例の薬のせいなのだが、レイニはその事実を知らない。
「あぁ…あれには、わけがあって…。それより、改めてお伝えしておきたいことがあるんです」
言葉を濁す様子に訝しさを覚えるが、続く真剣な面持ちにレイニは口をつぐんだ。
黙ったまま目顔で何と訊ねる。
「聞いてもらえますか?」
問いかけに頷くと、タウラスは両手でレイニの左手を掬い取り、その場に跪いた。
下から見上げてくるオリーブ色の瞳に、真っすぐ射貫かれる。
「レイニさん、貴女が好きです……誰よりも。結婚を前提に、交際していただけますか?」
突然のことにレイニはポカンと呆けた。
一拍おいて、昼間、彼に言ったことを思い出す。
『私、あなたに、好きという言葉を貰った覚えも、交際を申し込まれた覚えもないけれど』
だから、好きだと、恋人としてつきあってほしいと、改めて伝えようとしているのか…。
でもこれは、告白でも交際の申し込みでもなく、やはりプロポーズではないだろうか。
変なところで律儀だなと内心で苦笑していると、跪いたままのタウラスが不安気に首を傾げる。
「返事はいただけないんですか?」
「あぁ、ええと…もちろん」
「…光栄です。Mon amour.」
聞きなれない言葉とともに甲に口づけを落とされた。
「なに? モナム?」
「『Mon amour』…愛しい人、という意味です。両親の故郷の古い言葉らしくて。父から母に宛てた手紙の末尾によく添えられていました」
「そう、ご両親の。…でも、それって、ラブレターかなにかじゃないの? 息子のあなたが読んでいいものだったの?」
「読み聞かせてくれたのは母本人ですから。『Mon amour』は配偶者や恋人に呼びかけるのに日常的に使われていた言葉らしいです。他にも『Ma bien aimée』とか『Mon trésor』とか…」
不思議な響きの言葉は、どこか囁くようだ。
タウラスの穏やかで優し気な声で紡がれると、おさまりがよく聞こえ、耳に心地いい。
「いまのはどんな意味なの?」
「いまのは……掛けて話しましょうか」
レイニの腰に自然と腕が添えられる。いつもどおりの手慣れたエスコートだ。
ソファーに導かれ腰かけると、そのままタウラスも寄り添うように隣に座った。
「『Ma bien aimée』は最愛の人。『Mon trésor』は私の宝」
「へぇ…あなたのお父様は随分情熱的だったのね」
「どうなんでしょう? 母曰く奥手で苦労したそうなので。移住してきてから同郷者の寄合いがあって、その時に壁の大木になっていた父を、母から誘いにいったのが最初らしくて…」
「大木?」
「壁の花なら可愛いけれど、大木が固まってて悪目立ちしてた、と、よく言っていました」
「かわいいじゃない、固まる大木。…じゃあ、お母さまが積極的で、お父様の手紙はそれに応えていたってことなのね」
「ええ、たぶん。口べただったぶん手紙は沢山書いたようです。残っていたものは全部母の棺にいれましたけど…」
あれからもう随分経つけれど、たくさんの愛を語る、癖のある字が思い出される。
結婚を決めたら、二人の眠る墓標に報告に行くのだと思っていた。
あなたたちのような夫婦になりますと。伴侶を慈しみ愛し続けることを教えてくれたのは両親だったから。
「再婚はまったく考えなかったと言っていましたから。父に繋がるものはできるだけ一緒に納めてあげようと思って」
言いながら、タウラスの両手がレイニの身体を引き寄せる。
強引な力強さはまるでなく、不安を隠して囲い込むような力加減だとレイニは感じた。
「レイニさん…」
「なに?」
今度はなにに不安を感じているのか…まわされた腕に手を添えて、タウラスの胸に背中を預ける。
「本当に、いいんですか」
「なにが?」
「あなたも、ずっと、忘れられないから、しなかったのでしょう…再婚」
言葉を選びながら、途切れ途切れに紡がれた問いかけは、前夫を思惟してのことなのだろう。
まだ気持ちが残っていると慮っているのかもしれない。
「…考えてなかったわけじゃないわ、再婚」
それが、娘の為にどうしても必要になったら。
それが、村の為になるのなら。
愛する人の為に、再婚という手段が必要なら、してもいいと考えていた。
「ただ、あの人以外の男性を……ええっと」
言い淀んだレイニは軽く俯いた。その頬に僅かに朱がさす。
「恋しく想うことなんて、ないと思ってた」
恋しい――その言葉がタウラスの胸に高鳴りを運ぶ。
気持ちが揃っていないわけではないと判って、安堵と歓喜で口元が綻んだ。緩く囲っていた腕に自然と力がこもる。
「あなたこそ、ホントにいいの? ほら、あなたモテるし……でも、今更心変わりされても……困る」
レイニの指が、どこか不安そうに、そっと腕の傷に触れた。
心変わりなんてするわけがない。いつも自信に満ちた彼女がそんなふうに憂うことが不思議だった。
「俺は未だに信頼されていないんですね」
揶揄するように言って苦笑したタウラスは、傷に触れるレイニの指に自らの指を絡める。五指を深く繋ぎ合わせてきゅっと握り締めた。離さないと伝わるように。
「信じて貰えないかもしれないですけど、自分からアプローチしたのは、レイニさんだけなんだけどな…。告白なんて初めてのことで、慣れないことしたから、焦って、順番だって間違えて…」
好意を伝える前に結婚を申し込んでいた。誰かのものなってほしくなくて、誰かものになれと言われるのも嫌で、添い遂げる権利を手に入れたくて…焦りすぎたかもしれない。それでも――。
「それでも、受け入れてもらえたから…こんな幸運を手放すわけがないのに…」
レイニの項に柔らかな感触が触れた。温かな心地。唇を押し当てられたのだと気づく。
動くことなく、じっと、押し当てられるだけの口づけ。
温かく、柔らかく、優しくて、微かにかかる息がこそばゆい。
彼はほかの場所にもこんなふうに優しく触れるのだろうか…そう考えてレイニの身体は途端に緊張した。
「あ、あの! そうだ! 前から聞きたかったことがあるの!」
身を捩って唇から逃げだしたレイニは、大げさなほどの身振り手振りで話題を探す。
「私、貴族ってわからないことも多くて…えっと、ほら、大衆小説の中みたいに、決闘とか舞踏会とか本当に頻繁にあるもの…なの?」
この雰囲気を変えられるならなんでもよかったとはいえ、突拍子もない話題にしすぎただろうか。やきもきするレイニを他所に、タウラスは怪訝な表情ながら、口元に手をあてて思いめぐらせる。
「決闘はどうかな…一度だけ手袋を投げつける場面を見たことならあります。舞踏会や夜会は情報収集の場にもなりますから、あちこちで頻繁に開催されていましたよ」
「そうなんだ…。それで、やっぱりあなたは、女の子に囲まれるのね?」
「根に持ちますね…」
「当たり前でしょう。私には男の格好をさせておきながら、あんなに侍らせちゃって…苛ついた」
「あれは、薬のせいですよ。オリンさんがくださったんです。その…惚れ薬を」
「あぁ、もしかしてホラロの…」
レシピの存在を思い出した様子のレイニに、タウラスは「たぶん」と困った顔で頷き返す。
「物が物だけに、部屋にも病室にも無防備に置いておけずに持ち歩いていたんですけど、いつのまにか落としたようで…」
「かえって事態を悪くしてるじゃないの」
「申し開きのしようもないです…」
「まぁ、レシピを見たかんじ持続時間はそれほど長くないみたいだったし、私のことも助けてくれたみたいだし、今回は許そうかな」
顔をみあわせてふふっと笑いあう。
そこから二人はホラロの偏愛の行方や、村人の様子、これからのことを語りあった。
話題はつきず、穏やかな時間が流れる。
「踊りませんか?」
不意に話題をかえたのはタウラスだった。
「そんな素敵な姿で、座っているだけでは勿体ないです」
「いい、得意じゃないの」
「どうしても、お相手願えませんか?」
「……簡単なのにして」
根負けしてそう返すレイニに、タウラスは嬉しそうに微笑んで、掌を掬い取る。
「ワルツは? 場所も狭いですし、ナチュラルターンで少しだけ」
「たぶん、大丈夫」
手を引かれ立ち上がる。向かい合わせになると、タウラスが両手を広げて背筋を延ばした。わずかに顎を持ち上げるように立つ姿は、常とは一味違う凛とした様子だ。伏目勝ちに投げかけられる視線は、どこか艶っぽい。
差し出された左手に向けてレイニは右手を合わせる。
「…足、踏んだらごめんね」
タウラスの腕に手を添えながら、レイニは珍しく自信のなさそうな表情でそう告げた。婚家で必要だったから覚えはしたけれど、正直に言えばダンスは得意ではない。
「踏んでもいいですよ。気にせずに続けてください。それより、あまり足元は見ないで」
ホールドしてからレイニの視線がほとんど足元に注がれているのが気になっていた。
一瞬上向いた視線は、しかしすぐに足元に向けられて忙しく往復しはじめる。
「でも…見ないと、踊れない」
「足よりもこの空間を保つように意識を向けてみて下さい」
タウラスは二人の腕で作られた楕円を示した。
「いまのポジションでは踏むのは難しいでしょう? これがぶれなければ踏めないはずです」
理屈はわかるのだが、そう上手くいくものだろうか…。
いぶかしげ気な表情を浮かべるレイニにタウラスは瞳を細める。
「大丈夫。踏ませない自信もあります」
ふわりと微笑む彼の方は随分と得意分野のようだ。
それはたぶん、生きてきた世界が違うから――。
大陸で過ごしていたら、二人の人生が交わることはなかっただろう。交わったとしても、娘のために彼との結婚を考えることはなかったはずだ。
『こんな幸運を手放すわけがない』
先刻のタウラスの言葉が、レイニの胸にストンと落ちた。
「レイニさん?」
「あ…、それじゃ、遠慮なく踏むわね!」
「えー…遠慮はしてください」
軽口のようにそう返して、珍しく声をたてて笑うタウラスにつられてレイニも笑う。
「カウントをとりますね…」
――One、two、three…
タウラスが紡ぐカウントに合わせて、カツコツと靴の音が重なる。
はじめのうち、おそるおそる踏み出していたステップも、気づけば伸びやかに踏み出せていた。ふわり、ふわりと身体が振れる度、ドレスの裾も揺れてレイニの足をくすぐる。
踊りやすい。上達したような気分になる。
目線だけでタウラスを見ると、彼の目線もレイニに向けられていた。
「Je、te、aime、je、te、veux…」
「え?」
唇が唐突にカウントとは違う音を刻んで、レイニは足をもつれさせた。ふらついた身体を柔らかく抱き留められる。
「なに?」
「Je t’aime. Je te veux…」
「今度は、どんな意味?」
「『Je t’aime』は、愛しています。『Je te veux』は…」
言葉が途切れる。レイニの背に添えられていたタウラスの腕が、腰を力強く引き寄せた。
ドレスに合わせた踵のある靴のせいで、同じ高さになった目線が真正面から絡む。
「あなたが欲しい」
熱っぽい目だった。
「……駄目ですか?」
*****
乙女ゲーを地で行く!が目標でした。ダンス部分は特に。
乙女ゲーなら「駄目じゃないわ…」で朝チュン路線なのに…
こんなにムード作ったのに……報われないらしいですよ!!
私はめっちゃ楽しいのですが、タウは魂抜けかけてると思います(笑)
2016-09-02 13:04
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